印章について

印章

個人情報と見れば非常に重要度が高い

社会生活をしている中で何かと色々な場面で必要になってくるものとして、『印鑑』がある。この存在について深く熟知している人がどれほどいるだろうかと考えてみると、実際にはかなりザルと言われてもしょうがないほど緩いようだ。そもそも印鑑なんて大して重要ではないだろうと考えている人も中にはいると思う。社会人経験があるないに関わらず、そもそも印鑑というのも今でいうところの立派な個人情報の一部だ。それも実際に懐事情へと押し入ることが出来るため、管理という管理をこれでもかと緩くしていたら被害を被ってしまったという人はかなり多いという。まさかとは思う、ただ個人情報というものは今でこそ重要視しているが、これがほんの10年ほど前の話になると、個人情報というものを簡単に入手できてしまい、またそうした情報がまともに本人確認として成立していないにも関わらず、公的機関が本人確認をまともに行わないまま手続きをしてしまうという事件が、実際に起こっている。

恐ろしい話だと感じる反面、個人情報というものに対していかに個人ないし世間が無関心であるかを証明している次第だ。人一人の情報が例え色々な人に触れられても何ら問題ない、そう考えられていた。印鑑ではないが、個人情報の典型的な例である携帯電話の番号、ある意味では公共性を有しているものではあるものの周囲の人間によって悪意あってバラされるという経験を筆者は経験としてある。その時は毎日イタズラ電話が何度となく連絡が来ることもある、今でもそうした事はよくある話だと思うがいかに情報という情報を面白がって流している人がいるかがはっきりとする。

今回は印鑑、つまりは『印章』というものが個人情報という観点からすればどれくらい重要なものなのかを個人的な視点なら見ながら考えてみよう。

まず最初に

一番初めに話をしておくと、印鑑という言葉を使っている人もいるかと思うが、細かい点を上げると微妙にこの言葉は意味が通らない場合がある。特に疑問を持つこともなく使用しているはんこなどは本来『印章』という言葉を使用しなければならない。これははんこそのものを指し示している言葉なので、世間一般でもこの言葉が用いられていなければならないのだが、意外と意味などを理解していないまま利用しているケースが多いという。

民間の企業はもちろん、中には公的機関でも間違えているといったケースも存在しているかもしれない。ただ近年だと印章がはんこそのもののことを指し示している言葉として登録されていながらも、最近では『印鑑』もまた同様にはんこそのものだと定義する風潮になっているという。本来の言葉に加えて印鑑も本体を指す言葉へと使用するのも最近では正解と認識されるようになっているが、本当の意味で正しいというのは印章の方が本来の意味となっている。

印鑑ではなく、本来は印章と呼ばなければならないはんこ本体の呼び方がどうして誤用された言い回しが正しいと言われるようになってしまったのか、その理由もやはり単純な話で情報として拡散された範囲があまりに広すぎるからというのが大きいようだ。関東圏内といった限定的な範囲であればある程度情報操作をすれば印章という言葉に置き換えることも可能だったのかもしれない、ただ全国的に広がってしまったために、最早訂正することも難しくなってしまったために印鑑でもはんこ本体だと認知できるように言葉としての効力が持たされてしまった。

正しくないのに正しいと認定されてしまった、これもある意味数の暴力といえるだろう。本来は正しいはずのものが訂正するほどのことではないとまで言われるくらいに貶められてしまった。言葉の品格を重んじればそんな理屈を通してはいけないはずだが、現代社会という特徴も兼ねて新しい言葉として生み出され、認知されている状況を鑑みても納得できるものではない。言葉が乱れているとはよく言われているが、こんな些細なところでも大きな違いとして根付いている。

印章というもの

印章という言葉が何を指しているのか理解してもらえたと仮定して話を進めていくと、次に議論すべきはこの印章というはんこを利用することによってどんな状況になるのかだ。あえていうこともないかもしれないが、確認までに述べておくと提示された条件を全て飲み込んだ上で、それらの契約情報を把握した上で諸々の公的な書類に印章を押すと、その時点で契約に関する条件を全て了承した上で契約したという証明を交わすことになる。

よく考えたらはんこという手のひらで持てるくらい小さい棒状の物を、書類などに捺印するだけで契約書に記載されている効果が発現するのだから慎重に慎重を帰さなければならない。ただこうした印章で一番怖いのは、所有している本人の意思が絡んでいようがいまいが正直どうでもいいのだ。要は契約書に印章を捺印して、納得したという証明が取れさえすればその時点で諸々の契約が成立してしまう。だからこそ身分証明が必要になるわけだが、そういった姿勢を打ち出すようになっていったのも当時から問題とされていた件が表面化していたからかもしれない。

本人でなくても印章は押せてしまう

印章で一番恐ろしいのは、印章を所有している当人がそこに記載されている本人、またこれから何かしらの手続きをしようとしている個人本人ではないケースでも契約ないし手続きを行うことが出来るという点だ。今でこそ個人情報保護という観点から本人確認は厳重に行われているが、2000年代初頭は特別な確認をすることもなく、簡単に身分証明が成立できてしまっていた。当然、こうした問題によって決して笑えない問題を受けた人も多いだろう。中には生活に困る結果となってしまった、なんて人もいると言われている。

こうなった場合、身分確認をきちんと怠ったとして過失が認められるかどうかは、状況次第という。こちらについては後ほど話すとしてもだ、印章という言葉一つ取っても実は現代社会ならではの問題が浮き彫りになったりする。

本当に大事だからこそ

この話を取り上げたのは、印章というものをイマイチ理解していない人が実際にいる事を危惧して紹介しようと思ってのこと。良い大人で社会人経験に関わらず自分個人の情報としても決して蔑ろにしてはいけない印章問題は他の側面から観察することで、色々と考えなくてはならない問題や印章というものが本来どういったものなのかを知らなくてはならない。なのでここからはそんな印章についての情報をいくらか紐解いていこう。

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